梵天と帝釈天は何が違う?東寺の像・唐招提寺の立像・十二天面を比べよう

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東寺の仏像を調べていたら出てきた、梵天と帝釈天。別の写真を開くと、今度は立っている。さらに検索すると……面! 顔だけの作品まで出てくる!

えっ、さっきの像と同じ名前だよね? どれを見ればいいの?

ここは名前と作品を二段に分けると、ぐっと分かりやすくなります。梵天〈ぼんてん〉と帝釈天〈たいしゃくてん〉は別の尊格です。そして、それぞれの姿を表した作品が、お寺や時代、用途によって複数ある。ひとつの有名な像の姿だけが、その名前のすべてではないんです。

今回は東寺の坐像、唐招提寺の立像、東寺に伝わった十二天面、そして十二天の絵を見比べます。現地を訪れた体験談ではなく、寺院・博物館の公開解説から、次に何を見たくなるかを考える鑑賞の案内です。

最初に全部の名前を覚える必要はないよ。「これは、どこの、何に使われた作品?」。この質問がひとつあるだけで、検索画面の写真もずいぶん違って見えてきます。

目次

東寺では二尊とも守護の側。まず「東と西」をつかもう

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「梵天と帝釈天って、どちらが中心の仏さまなの?」と思ったら、東寺ではまず二尊の立ち位置を見てみよう。

東寺の公式解説によると、講堂の須弥壇では東側に梵天、西側に帝釈天が配されています。二尊は四天王とともに、如来・菩薩・明王を守る側として説明されています。中央の大日如来と、二尊を同じ役割にまとめないことが、最初の手がかりです。

ここで「東側って、写真の右?」となったら、いったん待ってね。

東西は方位の話。写真をどこから撮ったかで、画面上の左右は変わります。検索で見つけた切り抜き画像の右端にあるから梵天、と当てにいくと迷子になりやすいんです。堂の配置図と方位を合わせるか、写真に添えられた作品名を読む。先に名前を確認してから姿を見る順番がおすすめです。

東寺のページには、それぞれ「梵天坐像」「帝釈天坐像」として、平安時代の木造彩色の作品が紹介されています。まずはこの二行を分けて読んでみてください。同じ平安時代の木造でも、別の尊格を表した二つの像。隣同士で紹介されているから同一人物の別名、ではありません。

象に乗る帝釈天の写真を探している人には、もうひとつ名前の手がかりがあります。東京国立博物館の2019年「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」作品リストでは、東寺所蔵の作品を「帝釈天騎象像」として掲載しています。騎象は、象に乗る姿を表す言葉です。

あっ、名前の後半まで読むと、姿の説明になっているんだね!

ただし、このリストは終了した展覧会の記録です。「今、東京で見られる」という案内には使いません。ここで確認したいのは作品の名称と所蔵先。今日の拝観計画とは、確認するところが違います。

梵天・帝釈天の由来も気になると思います。東京国立博物館の唐招提寺の作品解説は、どちらも古代インドの神話の神が、早くから仏教に取り入れられたと説明しています。まず二尊が仏教を守護する天部として紹介される、と押さえれば、如来や菩薩の名前が並んでも整理しやすくなります。

仏像の分類から知りたい場合、東京美術『てのひら手帖 図解日本の仏像』は、公開目次の「天」に梵天・帝釈天の項目があります。写真の印象だけで名前当てを続けるより、分類をひとつ確かめてから写真へ戻るための候補です。

唐招提寺では立っている! 同じ名前でも姿と時代を比べよう

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東寺の写真を見たあとに唐招提寺の二尊を見ると、「えっ、こちらは立像なの?」となるかもしれません。そこで、検索を間違えたと思わなくて大丈夫。同じ尊格を表す、別の作品です。

東京国立博物館の唐招提寺展の解説は、梵天立像・帝釈天立像を奈良時代、8世紀の作品として紹介しています。東寺の二尊は平安時代。同じ名前を追っているうちに、時代も姿も動いているんですね。

整理すると、こんなふうになります。

比べるところ 東寺の公式紹介 唐招提寺の作品解説
姿の呼び方 坐像 立像
紹介される時代 平安時代 奈良時代・8世紀
材質・技法の表示 木造彩色 木造彩色・乾漆併用
二尊のいる関係 講堂の守護神として説明 金堂の盧舎那仏の前方左右

この表で覚えたいのは、どちらが正しい姿か、ではなく、比較する項目をそろえることです。立っているか座っているかを見たら、次は時代へ。その次に材質へ。一度に印象だけで比べるより、違いの理由を調べやすくなります。

唐招提寺の像高は、梵天186.2センチ、帝釈天188.2センチ。どちらも180センチを超えます。「前に控える像」と聞いて、小さな添え物を想像していたら、この寸法は見直したくなるね。

しかも、同じ解説に登場する盧舎那仏坐像は高さ304.5センチ。大きな本尊の前に置かれた関係まで読むと、180センチを超す二尊が小さく見えるという説明にもつながります。写真だけを一枚ずつ開くと消えてしまう、像と像の大きさの関係です。

技法の「乾漆併用」も、ちょっと気になるところ。解説では、像の大半を針葉樹の一材から彫り、頭髪など一部に乾漆を用いるとされています。表に木造とあるから、すべて同じ木の塊を同じように削った、と想像するのは早いんです。どの部分をどう作ったのか。その一言を読むと、髪の表現にも目が向きます。

この二尊は、鑑真とともに来朝した如宝による造立と「伝えられる」と紹介されています。ここは言い切らずに受け取りたいところ。作品の寸法として記された数値と、造立をめぐる伝承は、情報の性質が違います。

なお、引用元は2005年の展覧会記録です。当時の展示室で近くから対面できたという説明を、現在の唐招提寺の見学方法へ移さないでね。比較に使える作品情報を読んだら、実際に訪ねる日は寺院の現在の案内へ進みます。

本を開くなら、『図解日本の仏像』の仏像史と技法の項目が関連する入口になります。天平・平安という時代の区切りと、形を作る方法を別々に調べたい人に向く構成です。今回の二尊をその本の本文で詳しく読了した、という紹介ではありません。

十二天面は「像の顔の部品」ではなく、儀式で使われた面

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では、検索に出てきた顔だけの作品は何なのでしょう。

ここ、面白いところです。像から外れてしまった顔、という話ではありません。

京都国立博物館の行道十二天面の紹介によると、これらはかつて東寺に伝わり、灌頂会に用いられていた面です。寺の儀式では、楽人が十二天の装束を着て行道を行ったと説明されています。仏さまを表す造形が、堂に安置される像とは別の使われ方をしていたんですね。

館の紹介は七面です。ここで「十二天なのに七つ? 数が合わないよ」と立ち止まっても、ちゃんと理由を読み取れます。七というのは、この紹介で扱う現存の面の数。十二天というまとまりの名前と、ここにある作品の員数を分けて読むんです。

梵天・帝釈天・日天は慈悲相、火天・風天は老相、毘沙門天・伊舎那天は忿怒相、と解説されています。顔つきを比べるときの言葉が三つできたね。穏やかさ、老いた顔つき、怒りを表す顔つき。すべてを「優しそう」「怖そう」の二択にすると、老相という見方を取りこぼしてしまいます。

素材にも違いがあります。解説本文では、慈悲相の三面は桐、老相・忿怒相の四面は檜とされています。木造という共通点があっても、樹種まで全部同じではありません。作品全体をまとめた短い表示に加え、本文の内訳まで読む価値があるところです。

e国宝の梵天面は、縦32.0センチ、耳張18.4センチと紹介されています。ここで先ほどの唐招提寺の像高186.2センチと、同じ「高さ」として機械的に並べないようにします。今測っているのは、全身の像ではなく面です。作品名の末尾が変わると、寸法が表す範囲も変わります。

年代表も少し丁寧に見たいね。京都国立博物館は製作を10世紀末頃と考え、989年の灌頂との関係を想定する見方などを紹介しています。灌頂の年が知られていることと、この面をその年に作ったと確定することは別。歴史の点と点を結ぶ説明には、推定も含まれます。

仏師の康尚についても、同時代の彫刻との作風の共通性が述べられていますが、康尚がこの面を作ったという記録があるわけではない、と館は説明しています。「似た作風」という話を読んで、そのまま作者欄へ名前を書き込まない。ここは作品を見て考える楽しさと、分かっている範囲を両方残したいところです。

顔を見る前に「面として作られた」と分かると、関心が変わりませんか。鼻や頬の表現に加えて、これが儀式でどんな姿と組み合わされたのかも気になってくる。同じ梵天という名前から、見る対象がここまで広がります。

十二天の絵では、帝釈天は東、梵天は天。二尊の役割を配置から読む

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今度は絵の「十二天像」へ進みましょう。先ほどの「十二天面」と一文字違いですが、同じ作品を指しているとは限りません。

東京国立博物館の十二天像〈風天〉の解説では、十二天を、密教で方位などを守護する十二の神として説明しています。帝釈天は東、梵天は天に対応します。二尊を同じ役目の名前違いと思わずに読むための、もうひとつの違いです。

八方位を守る八尊に、天・地・日・月を合わせて十二。東西南北だけで十二を数えようとすると足りませんが、上と下、日と月まで視野を広げると、まとまりが見えてきます。

全員の名前を今日暗記するより、まず「東=帝釈天」「天=梵天」の二つを置いてみて。次に北は毘沙門天、南は閻魔天、西は水天、と気になるところを足すと、長い名前の列が配置の話になります。これは天気予報や現在の地理を分類する表ではなく、宗教的な守護の構成を読む手がかりです。

注意したいのは、ここで説明される絵が奈良の西大寺に伝わる作品だということ。前の節の面は東寺に伝来したもの。同じ十二天を表していても、木の面と絵画、東寺と西大寺を合体させて、一組の作品のように説明しないようにします。

西大寺伝来の十二点一組の画像について、館は現存する十二天画像の最古の作例と紹介しています。「最古」という言葉も、その対象まで読もう。すべての天部の彫刻や、すべての十二天に関する文化財の中で最古、と範囲を広げる話ではありません。

風天の解説には、鳥獣に坐る姿や、周りに小さく描かれる眷属への言及があります。大きな中心の姿だけを見たら、その左右へも目を向けてみる。画面いっぱいの一尊と、小さな周囲の存在とで、絵の見方を変えられます。

そして、解説には剥落や擦れがあるため、判然としない部分が多いとも書かれています。文章で紹介された特徴を、写真の中ですべて鮮明に確認できるとは限らないんですね。見えない線を勝手に補って「ここに描いてある」と断定せず、現物の状態と解説の説明を一緒に受け取ります。

もし手元で比較メモを作るなら、作品ごとに「名前」「何で表したか」「どこに伝わったか」を三列に分けると便利です。梵天面・木造彩色・東寺伝来、風天像・絵画・西大寺伝来、という具合。尊格の共通点と作品の違いが、同じメモの中で見えるようになります。

この話をもう少し仏像の形から学ぶなら、入門書の座り方や持物の項目もつながります。ただし、紹介する『図解日本の仏像』の公開目次だけでは、この西大寺の十二天画像や七面の面がどこまで掲載されるかは確認できません。その作品自体を詳しく調べたい日は、博物館の作品解説や該当する図録を探すのが先です。

次に見るなら「どの梵天? どの帝釈天?」をひとつ選ぼう

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ここまで来ると、最初の検索画面へ戻りたくなりませんか。

同じ名前の写真がいくつも並んでいても、もう全部を一枚の正解へ絞る必要はありません。東寺の像を見たいのか、唐招提寺の立像の姿を見たいのか、儀式で使われた面を知りたいのか。自分の疑問で行き先を選べます。

たとえば、象に乗る姿が気になったなら、東寺の帝釈天の作品情報から。二尊が本尊の前に立つ空間を知りたいなら、唐招提寺の金堂と寸法の解説から。顔つきの違いが気になるなら、京都国立博物館の十二天面から。同じ調べ物を三回やり直すのではなく、別々の問いへ進む感じです。

現地へ行く前のメモも、作品名を一つ選んで具体的にしておこう。「帝釈天を見る」より「東寺の講堂の帝釈天、座る姿と象の関係を見る」。「梵天を調べる」より「唐招提寺の立像、全体の大きさと頭髪の技法を読む」。これなら、その日見られなかった部分も次の調べ物に残せます。

ただし、寺院や博物館には拝観・展示の都合があります。所蔵作品の紹介ページがあることだけで、その日に展示されているとは決められません。今回リンクした2005年・2019年・2020年の展覧会記録の会期を、今日の予定へ入れないようにしてね。訪ねる日が決まった段階で、現在の公式案内を確認します。

本で基礎を補いたい人への候補は、田中義恭監修、東京美術『てのひら手帖 図解日本の仏像』。出版社の書誌と目次では2014年4月刊、B6判、152ページ、ISBN9784808709891と案内されています。歴史・形・技法をそれぞれ調べられる構成です。

天部の「梵天・帝釈天」だけでなく、仏像の各部名称、持物、印相、座り方、資料編の技法へ進めます。たとえば唐招提寺の説明で乾漆という語が気になった人は技法へ、坐像という呼び方に引っかかった人は座り方へ。作品を見て生まれた疑問から、読む場所を選ぶための一冊として検討できます。

楽天で確認した販売ページは同じISBNですが、ページ数は151Pという表示でした。ここでは出版社の書誌に合わせています。単に一ページ違うから別の本、と判断せず、書名・監修者・出版社・ISBNを合わせて選んでください。現時点の価格や在庫、紙か電子か、中古の状態は注文する商品欄で確かめます。

最初の一歩は、二尊の名前を忘れずに暗唱することじゃなくてもいいんです。梵天の後ろに「東寺・坐像」と添える。帝釈天の後ろに「唐招提寺・立像」と添える。それだけで、目の前の作品にちゃんと戻れます。

次に顔だけの写真が出てきたら、あ、これは面の話だね、とひと呼吸。その先に儀式のことまで書いてあるかもしれない。同じ名前から、違う姿、違う時代、違う使われ方へ。気になった一尊を、もう少し長く見たくなる入口は、そこにあります。

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この記事を書いた人

宗教文化への敬意を大切に、歴史や用語、寺院文化を資料に沿って紹介する編集部です。

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